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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)3号 判決

審決にこれを取消すべき違法の点があるかどうかについて考える。

1 原告は、引用例(成立について争いのない甲第四号証)には、第一五図で調節ローラーと移送ローラーとが平行した状態のものが示され、第一六図で調節ローラーが移送ローラーに対し少し傾斜した状態にあるものが示されているが、引用例の説明文には「第一六図に示すように、彼(印刷工)は調節ローラーを通常の平行位置から少し動かす」と記載されているにすぎず、具体的にどのように移動させるかについては一言半句も触れていないから、本件訂正後の発明のように、調節ローラーを移送ローラーの周囲に一定半径の弧状経路に沿つて移動させることが示されているとはいえない旨主張する。

しかしながら、引用例の「水制御装置の設定」の項(第一四頁右欄第一五行ないし第一六頁左欄第一一行)には、ダールグレン加湿装置において水の制御を行なうのに、速度ポテンシヨメーター及び調節ローラーの調節ねじによる調節のほかに、版胴の両端に比べて中央部が濡れている場合には、調節ローラーを傾斜させ、これによつて中央部の圧力を増大して通過する水の量を減少させて調節する旨が記載され、さらに、「傾斜機構の概念」の項(第一三頁右欄下から三行ないし第一四頁左欄第二三行)にも同様、第一六図に示されるように、調節ローラーを移送ローラーに対する平行の位置から横にずらして(この横にずらす機構を引用例では「傾斜機構」といつている。)、版胴の両端部よりも中央部で多くの水を絞り取ることが記載され、第一図、第二図及び第八図には、傾斜機構としてサイドフレームに所定の半径をもつ弧状のスロツトが設けられ、そのスロツトに沿つて調節ローラーが横に動くようにハンドルが嵌合されていることが認められるから、引用例には、本件訂正後の発明のように、調節ローラーを移送ローラーの周囲に一定半径の弧状経路に沿つて移動させることが示されていることは明らかである。原告の前記主張は、理由がない。

2 原告は、本件発明は、訂正審判請求のように訂正することによつて、調節ローラーの少なくとも一端を移送ローラーの周囲に動かす一操作のみをもつて、容易かつ速やかに右両ローラー間の縦方向の圧力分布を所望のごとく調節することができるという格別の作用、効果を奏する旨主張するが、引用例には、本件訂正後の発明のように、調節ローラーを移送ローラーの周囲に一定半径の弧状経路に沿つて移動させることが示されていること右認定のごとくである以上、その作用効果も引用例のものと同一であると認むべきことは当然である。原告の主張は理由がない。

そうすると、本件訂正後の発明は引用例に記載された技術事項及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができないものとした審決の判断には誤りがないから、これを違法としてその取消を求める原告の本訴請求を棄却する。

〔編註〕 本件における請求原因は左のとおりである。

一 特許庁における手続の経緯

原告は、特許第六五九五五四号「平版印刷機の版を加湿するための装置」(昭和四二年八月七日出願、昭和四七年三月七日公告、昭和四七年九月一九日登録)の特許権者であるところ、昭和五三年四月一二日、特許庁に対し、右特許の願書に添附した明細書の特許請求範囲の記載、すなわち、「滑らかに仕上げされた硬質表面を有する加湿流体移送ローラーと版とに回転接触するインク着け弾性ローラーを有し、上記移送ローラーはこのローラーと調節関係にあるようになされた加湿流体調節ローラーの滑らかな弾性表面と回転接触するようになされ、さらに、上記調節ローラーと移送ローラーの表面が接触関係に近づく時にこれらのローラーの表面に加湿流体を施与する装置、調節ローラーと移送ローラーとの間の表面圧力関係及び移送ローラーとインク着けローラーとの間の表面圧力関係を調節するための装置及び同じ方向に異なる速度で回転せしめられるインク着けローラーと移送ローラーとの間の相対的な速度を変化させる装置を有する平版印刷機の版を加湿するための装置において、調節ローラーの少なくとも一端を装着する装置を移送ローラーの縦方向軸の周囲に動きうるようになし、かくして調節ローラーの弾性表面が移送ローラーの周囲に螺旋状にねじられるごとくなし、かくして調節ローラーと移送ローラーの接触面の両端における圧力関係に対して上記の両端の間の部分の圧力関係を調節するようになしたことを特徴とする平版印刷機の版を加湿するための装置。」において、明細書(昭和四六年二月五日付の手続補正書に添付した全文訂正明細書……甲第二号証)中第三二頁第九行、すなわち、本件特許公報(甲第五号証)中第一六欄第二一行の「かくして」の次に「調節ローラーの前記の少なくとも一端が一定半径の弧状経路に沿つて移送ローラーの周囲に移動せしめられ、かくして」を挿入する訂正を求める審判を請求した(昭和五三年審判第六〇六〇号)。特許庁はこれに対し、昭和五四年八月二〇日「本件審判の請求は成り立たない。」との審決をし、その謄本は、昭和五四年九月一九日原告に送達された。

二 審決の要旨

原告の訂正審判請求の内容は、前項記載のとおりである(以下請求にかかる発明を「訂正後の発明」という。)。

これに対し、本件特許出願前に米国において頒布された刊行物であるPressmen's Home,一九六五年一月発行「The American Pressman」第七五巻第一号第六頁ないし第三〇頁(以下「引用例」という。)には、オフセツト印刷機用のダールグレン給湿システムに関する記事として、表面をクロームメツキされ、かつ研磨された金属性加湿液移送ローラーと版胴及びインク振動ローラーとにそれぞれ回転接触する表面を滑らかに仕上げられたゴム被覆インク着けローラーを有し、前記移送ローラーは、表面を滑らかに仕上げられたゴム被覆加湿液調節ローラーと回転接触するようにし、該調節ローラーが前記移送ローラーと接触状態にある際に前記インク着けローラーが前記版胴及び前記移送ローラーの表面に接触関係に近づくときにはこれらのローラーの表面に加湿液容器から加湿液を給送するようにした装置、前記インク着けローラーが前記インク振動ローラーに対して調節できるようにした装置、前記調節ローラーと前記移送ローラーとの間の表面圧力関係を調節するための装置、同じ方向に異なる速度でそれぞれ回転される前記インク着けローラーと前記移送ローラーとの間の相対的な速度を変化させる変速伝動装置及び前記調節ローラーの一端を支持する装置を前記移送ローラーの回転軸の周囲に動きうるようにして該調節ローラーの弾性表面が該移送ローラーの周囲に螺旋状にねじられるようにし、調節ローラーと移送ローラーの接触面の両端における圧力関係に対してこの両端の間の部分の圧力関係を調節するようにした装置とを有するオフセツト(平版)印刷機の版面を加湿する装置が記載され、さらに前記の調節ローラーの一端を支持する装置を移送ローラーの回転軸の周囲に動きうるようにする構成については、引用例中の「傾斜機構の概念」の項(第一三頁ないし第一四頁)の記載ならびに第一五図、第一六図には、版面を加湿する装置に用いられる調節ローラーと移送ローラーとにおける両ローラーの接触面の圧力関係を示すものであつて、第一五図には、版面を横切つて均一に加湿するように調節ローラーと移送ローラーの各軸線が平行位置にあること、第一六図には、版面を横切つて加湿量が変わるように調節ローラーの一端を移送ローラーに対し傾斜した位置に動かし、両ローラーの接触圧力関係をその両側部と中央部とで変えたことが示され、また、前記両図においては、ともに調節ローラーと移送ローラーの同じ側の端面が両ローラーの各軸心端を結ぶ細長い板状部材によつて連結支持され、その連結部材に支持する両ローラー間の軸間距離が同一であるものと認められ、さらにまた、引用例の第一図、第二図及び第八図について傾斜機構とその関連構造をみるに、第一図では傾斜機構がサイドフレームに取付けられ、第二図ではそのサイドフレームに所定の半径をもつ弧状スロツトが設けられ、第八図では、その弧状スロツトにはハンドルが嵌合されて弧状スロツトに沿つて移動できるようになつていることが明らかであり、これらの点を総合すると、引用例記載のものにおいては、調節ローラーの一端部を動かすにはハンドルをサイドフレームの弧状スロツト内で移動させることによつて行なうことが明らかであり、それゆえ、調節ローラー及び移送ローラーの同側の軸端を連結する連結部材は、移送ローラーの軸を中心として移送ローラーの周囲にある半径をもつ弧状径路に沿つて移動するものであり、これによつて調節ローラーのゴム表面が移送ローラーの周囲にねじられるように傾斜移動させられる構成を具えているとすべきものである。

そこで、本件訂正後の発明と前記引用例記載のものとを比較検討するに、移送ローラーとインク着けローラーとの間の表面圧力関係について、本件訂正後の発明ではその調節するための装置を具えているのに対し、引用例記載のものではそのような装置の構成が明記されていない点で相違し、その他の構成については両者は一致している。

ところが、前記相違点について、オフセツト印刷機においては、引用例記載のものでも示されているように、調節ローラーと移送ローラーとの間の表面接触圧力関係を調節するほかに、インク着けローラーとインク振動ローラーとの間の表面接触圧力関係を調節できるように構成して、加湿液及びインクの給送量を調節することからも明らかなとおり、所要のローラー相互の接触圧力関係を調節できる設定手段を採用することが慣用技術であるから、移送ローラーよりインク着けローラーへの加湿液の給送量を調節するために、本件訂正後の発明のように、前記両ローラー間の表面接触圧力関係を調節する装置を設けることは前記慣用技術の単なる転用にすぎないものである。

なお、請求人(原告)は、訂正拒絶理由通知に対する意見書において、引用例には、調節ローラーの一方軸端を移送ローラーの周囲に動かす傾斜機構に関し、(1)弧状スロツトの半径がどの程度の大きさで、かつその中心がどこに位置しているのかの記載がなく、(2)「調節ローラー構造体」の項及び第一一図の記載からみて、第一五図と第一六図における調節ローラーと移送ローラーとの同側軸心端を結ぶ連結部材はローラーハンガーEに相当し、かつ、このローラーハンガーには移送ローラーに対する調節ローラーの圧力を設定する調節ねじが設けられているから、連結部材の長さは可変である旨主張するが、(1)については前述したとおり明らかであり、(2)については連結部材がローラーハンガーEに相当し、かつ、それが移送ローラーに対する調節ローラーの圧力を調節する装置を有するのは前記両ローラー間の表面接触圧力関係を調節するためであるから、連結部材の長さが可変であるということが、その調節のいかん(たゞし、その調節の度合は小さいものである)により両ローラーとの軸間距離が可変になるように両ローラーを支持していることを意味しているものと認められるにしても、連結部材を動かすことによる調節ローラーの傾斜移動の調節の際に、連結部材に支持される両ローラー間の軸間距離が変わるものでなく、従つて、調節ローラーの一方軸端を所定半径の弧状スロツトに沿つて移送ローラーの周囲に移動せしめる点においては両者に差異がないから、請求人(原告)の前記主張は採用することができない。

以上のとおり、本件訂正後の発明は、前記引用例に記載された技術事項及び慣用技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第二九条第二項の規定により特許出願の際独立して特許を受けることができない。

従つて、本件訂正は、特許法第一二六条第三項の規定に違反するものであるから、その訂正を認めることができない。

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